江戸指物とは

■江戸指物の歴史

樹林、樹種に恵まれた島国である日本は、古くより木工が盛んでした。その技法をおおまかに分けると、指物、刳物、彫物、挽物、曲物、箍(たが)物、編物、の七種があります。中でも指物は、金釘を用いることなく板材を組み立てる、とても高度な仕事で、その歴史は平安時代の宮廷文化まで遡ることができます。

■江戸指物の特徴

江戸時代に江戸の町で発達した江戸指物は、木目の表情を主役に据え、よけいな装飾を排し、見た目は華奢(きゃしゃ)でありながら、堅牢に仕上げるのが特徴です。そこには「隠れた羽織裏にこそ凝る」「一見渋いけれど贅沢な結城紬を着こなす」など、”裏勝り””底至り”という江戸っ子の美意識に通じるものがあります。

■職人の心意気

江戸指物師は、材木から板や柱を木取り、見えないところに細工を施すなど、無垢の木材にとことん手をかけ、極力狂いのない品物をつくります。高度な仕事を支えるのは、夥しい数の道具です。材を正確に切るための印付けである、罫引き。その線をまっすぐムラなく切り落とす鋸。切り口や表面を滑らかに削ったり、角の面取りをするのに使う鉋。組み手や留めなど接合のための仕口を刻む鑿。それぞれの道具は、職人の手に合わせ、用途に合わせて手が加えられます。こうして江戸指物は、丈夫で”すっきり、さっぱり、堅牢”な仕上がりになるのです。

■大切なのは素材

江戸指物は、国産の無垢材を使います。伐採し、十分乾燥させ、板材にしてもなお、木は呼吸しています。それゆえ伸縮があり、反ったり、ゆがんだり、割れる心配があります。実は、仕口をはじめとする江戸指物の技術は、無垢材ならではの気難しさをなだめ、実用的な美へと昇華させる仕事なのです。江戸指物の作業が今なお手仕事で行われるのは、木の一本一本に個性があり、それぞれの癖を見極めて加工するのに、人の眼や手ほど正確なものはないからでしょう。

文:田中敦子(工芸ライター)

江戸指物と京指物


京都の指物は、朝廷用、茶道用が中心であるのに対して、江戸指物は、武家用、商人用、また江戸歌舞伎役者用(梨園指物)を多く手がけ、発展しました。小机、鏡台、棚、小引き出し、箱、火鉢。暮らしの中にあって、木の味、形の妙を味わえる美術工芸的な深みがあることも、江戸指物の特徴です。

現代江戸指物

江戸指物は、昭和58(1983)年に東京都の伝統工芸品の指定を、平成9(1997)年には通商産業省(現・経済産業省)より国の伝統的工芸品の指定を受けています。脈々と継承されてきた高度な技術を駆使し、材料を吟味する眼を磨き、すっきり、さっぱり、堅牢な姿に仕上げる現代の職人たちの仕事から生まれる品物には、今改めて見直したい、時代を超えた魅力が宿っています。また、平成19(2007)年に地域団体商標登録されました。(登録第5043503号)

江戸指物の技「仕口」

ちょっと聞き慣れない言葉ですが、江戸指物を語る時に欠かせないのが、仕口(シクチ)です。板材や棒材を、金釘(カナクギ)を使うことなく、組んだり継いだりする指物技法は、見えないところに精緻な細工を施します。その工夫のあれこれを仕口と呼び、家具の種類や、部位の役割に合わせて、使い分けています。指物技法の起源は、寺社建築にあるといわれています。
風雪に耐え、いにしえの姿を今に伝える木造建築に込められた高度な技術を、家具に応用したのです。留型隠し蟻組継ぎ、留型隠し三枚継ぎ、ろうそくほぞ、三方留めほぞなど、頻繁に使われるものだけでも数十種の仕口がありますが、いずれも高度な技術が求められます。しかし、いったいなぜ、このように高度な細工が必要なのでしょうか。
江戸指物は、国産の無垢材を使います。風土に根ざした天然の木材を選りすぐり、拭漆(フキウルシ)により木地を保護しながら木目を引き立てます。無垢材の家具は修理がきくので、長く愛用できることも魅力です。
その一方、伐採し、十分乾燥させ、板材にしてもなお、木は呼吸しています。それゆえ伸縮があり、反ったり、ゆがんだり、割れる心配があります。実は、仕口をはじめとする江戸指物の技術は、無垢材ならではの気難しさをなだめ、実用的な美へと昇華させる仕事なのです。江戸指物の作業が今なお手仕事で行われるのは、木の一本一本に個性があり、それぞれの癖を見極めて加工するのに、人の目や手ほど正確なものはないからなのでしょう。
また、江戸指物は現代に息づく技術であり、エアコンや床暖房にも対応できる工夫が求められる状況の中で、日々進化しています。それはつまり、今なお職人の手から新たな仕口が生まれているということなのです。

江戸指物の道具

江戸指物は、材木から板や柱を木取り、見えないところに細工を施して、精密に組み立てる木工技術です。
自然界で育つ樹木は、さまざまな環境の中で長い時間をかけて年輪を重ねます。樹種の性質に加え、すくすくと育ったくせのない木もあるし、厳しい自然に鍛え抜かれた複雑な木目の木もあります。指物の仕事は、多様な個性を持つ木と向き合い、質感や木目を適切に選ぶところから始まります。
木は伐採してもすぐには使えません。不要な水分やアクを抜き取ってからでないと、狂いや割れが生じるからです。最低十年は寝かせて使いますが、銘木と呼ばれる味わいのある木を使う江戸指物の場合、百年前の板材を扱うこともあります。そうした時間を経てなお呼吸しつづけるのが木の特性で、面白さであり難しさです。
指物職人は、こうした無垢(ムク)の木材にとことん手をかけ、極力狂いのない品物をつくります。職人の高度な仕事を支えるのは、夥しい数の道具です。使う場所や用途により、鋸(ノコギリ)なら7~8本、鑿(ノミ)は切る(彫る)幅によって種類があるので、20~30本、鉋(カンナ)に至っては、その都度作ることも多々あり、数十~百本を超える職人もいます。それぞれの道具は、職人の手に合わせ、また用途に合わせて手を加えていきます。
江戸指物は、まず直線構成で製作を進めます。板や柱は四角に、接合部分は直角か半角に切り、仕口を刻んで組み立てます。次に、人の目の錯覚や品物の使い勝手、装飾性を考えて、膨らみや厚みに加減を入れます。そして、主に鉋を駆使して全体に丸みや曲線をつけていきます。こうした加工手順により、江戸指物は丈夫で”すっきり、さっぱり、堅牢”な仕上がりになるのです。

道具を選び、使い、生かす

指物職人にとって、道具は手の延長であり、よい道具をそろえることが基本です。良い道具とは切れ味のいい刃物。鈍い刃物は、体に無理をさせ、悪い癖をつけてしまいます。
また、体型や手のかたちは人それぞれ。扱いやすいように柄(エ)や台をカスタマイズし、また手の平や指が当たるところに工夫をして、道具はいよいよ手の一部になっていきます。
刃物を作るのは鍛冶職人の仕事です。でも、よい刃物とは、扱う側の技量があってこそ生きるもので、よい刃物を使いこなせるということは、腕がいいことの証でもあるのです。
江戸指物の修業は、鉋削りから始まりますが、それは鉋という道具が持つ複合的な要素を身につけることで、次のステップに進めるからです。
鉋を使えば、刃を研(ト)ぐことが必要になります。研ぐ角度や研ぎ加減、砥石(トイシ)の性質を学べます。台に据える際の調整もあります。また堅い樫(カシ)の木でできている鉋台を、滑らかに滑るよう削る技術も養われます。
こうした作業をしているうちに、次に扱う鑿(ノミ)の基本が身につきます。実に合理的な流れで、技術を習得していくのです。
指物職人にとって刃物研ぎは日々不可欠な作業です。研ぎが鈍ければ仕事にならないからです。そうして研いで使っていくうちに、刃物は変化していきます。鋼でできている部分は、どんなに短くなっても刃物として使えます。刃が短くなったらなったで、その形だからこそできる仕事が出てくるのです。
作業場には、道具がたくさんあります。使用頻度の高い使い込まれた道具もあるし、必要に応じてつくったけれど、その一度しか登場していない道具もあります。が、いずれも職人の手の一部として奉仕する道具で、職人たちが技術を磨いてきた時間を伝える雄弁な証人なのです。

 

文:田中敦子(工芸ライター)